人の顔の印象を「濃い」とか「薄い」とか表現するように、腕時計にも濃い顔と薄い顔があるように思う。僕が「濃い」と感じる腕時計には、文字盤(ダイヤル)を構成する要素に必要以上の存在感がある。たとえば「クレドール・スプリングドライブ・彫金モデル」。透けて見えるムーブメントにも彫金細工が施され、数種類の羽の模様が組み合わされ、鳳凰の羽ばたくイメージが立体化されている。機械というよりも「工芸品」である。
対して、薄い顔の腕時計の典型は、僕が愛用する「ジャガー・ルクルト・メモボックス」。1970年代に作られたモデルで、地はアイボリー、針もインデックスもシンプルな細い棒状。ダイヤや模様入りガラスを使っているわけでもなく、時を刻むという機能に徹している。僕にはとても控えめな「薄い顔」に見える。
最近、時計の顔がますます濃くなってきたように思う。「ジュネーブ・サロン&バーゼル・ワールド」などは、さながら「濃い顔の品評会」の様相を呈していた。僕が勝手に決めた「濃い顔ベスト1」は「リシャール・ミル」。文字盤が樽型と角形が混じったような独特のかたち。針の下には大ぶりな歯車があり、一番下のインダイヤルから精巧なムーブメントが覗く。全体に分厚く、大胆に数か所をデザインは、それだけでずっしりと重さを感じる。
「濃い顔」の時計に共通するのは、時刻を示すという本来の機能を超えた、装飾品の色合いの強い目立つパーツで構成されていること。トゥールビヨンなどの伝統的な機構も、本来の機能を超えて、デザイン要素のひとつとして採用されることが多くなっていることも、時計の顔を濃くする原因となっている。最近、濃い顔の腕時計が増えている理由を僕なりに考えてみた。僕が思うに「いかにショー・ウインドウで目立つか」という商売上の理由と、「いかに購入者の腕で目立つか」という自己表現的な意味があるようだ。市場で目立ちたいメーカー側の欲望と、TPOに合わせていろいろな時計を楽しみたい消費者の欲望が合致したことが、腕時計のダイヤルデザインを濃く変えているのだろう。
ふと気がついたのだが、時計の顔と同様に最近濃くなっているのが女性の顔である。女性の化粧にも濃くなったり薄くなったりのトレンドがある。たとえば60年代後半には、つけまつげや濃いマスカラで目を強調したが、70年代後半からは自然志向の薄化粧が流行った。一転、80年代にはブルック・シールズのような太い眉のメークがヒット。さらに90年代には安室奈美恵のような小顔で細眉の「手の込んだ立体感のあるナチュラル顔」がトレンドになった。今も基本は90年代と同じだが、より目や口を大きく強調し、女性の顔は確実に濃くなっている。浜崎あゆみ、伊藤美咲、山田優など、小顔で口や目のパーツが大きい「アニメキャラ顔」が人気だ。全体で醸し出す雰囲気ではなく、個々のパーツの強烈さで目立とうとする。(2004.10.15)PENに掲載。
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